☆2004/09/11 大和田稔さん、第12回ユングフラウマラソン参加報告(観光編後半)

●ツェルマットへ
 レース翌朝は雨。しかし、バスでツェルマットへ移動するので問題は無かった。移動時間は約4時間程。車内ではバスガイドにもなる添乗員のSグチさんの話にまたも「へェ〜」と感心することばかりだった。

 <スイスの湖の話>
 氷河が大地を削った跡が湖なので、その形が三日月のようになっている。確かに、インターラーケンでのトゥーン湖にブリエンツ湖、それにレマン湖などもそのような形に見えなくもない。

 <徴兵とシェルターの話>
 スイスは永世中立国ではあるが他国から攻められた時のために軍隊があり、国民に徴兵の義務があるとか。年代により訓練期間が異なるが50歳までだそうだ。スイスのおじさんたちに体力があるのは、この辺の事情があるかもしれない。それから、各家庭にはシェルターがあるらしい。新築の家には義務だそうだ。戦争を仕掛けたり他国に援軍を送ったりはしないが攻められた時の対策はしっかりしている。

 <洗濯物の話>
 観光地だけかもしれないが、洗濯物は人の目に触れるところには干さないようだ。景観を損ねると言うのが理由らしい。洗濯物は乾燥機で乾燥させ、アイロン掛けをしっかりするそうだ。殺菌は天日干しでなくアイロンでということらしい。また、景観対策なのか窓際にはどの家も花が飾ってある。周りに放牧場が多く、虫除けとしての効果もあるらしい。

 バスは、トゥーン湖を背にして南下しカンデルシュテーク駅に到着する。この先の峠越えは鉄道だけである。この先のゴッペンシュタイン駅までは、車ごと列車に乗り込む。話に聞いていたカートレインで、「へぇ〜!」である。貨物列車の荷台とホームの高さが同じで車はドライバー自らその貨物列車に乗り込む。陸のフェリーと言ったところである。そのほとんどがトンネルの中。バスに乗っているのか電車に乗っているのか、不思議な感覚だった。車用のトンネルを作らないのは、他国からの攻撃対策なのかも知れない。

 ゴッペンシュタイン駅から更に南下してツェルマットの手前、テッシュ駅に到着。この頃には雨はすっかり上がり、日が差していた。ツェルマットには車の乗り入れ禁止なので、今度は荷物をもって列車に「乗換」である。荷物は運搬用のワゴンに積み込みそのまま持ち込めるように、電車の車両中央部は座席が無くフラットである。

 ツェルマットには昼食時に到着。ホテルからポーターが軽自動車のワンボックス車のような電動車で荷物を受取りに来ていた。食事はまたレシュティ。ソーセージと黒ビールが美味かった。

 ツェルマット駅前の登山鉄道駅からゴルナーグラート展望台(3089m)へ行く。約40分。車窓の右側にマッターホルン。雲に隠されていてその全貌は今ひとつだったが、カレンダーや雑誌で見覚えのある景色が目の前に広がってくるのは、ちょっとした感動である。ツェルマットの街もあっという間に眼下に小さくなる。

 終点から天文台のあるホテル前を通り5分も歩くと山頂で、360度の大パノラマ。目の前に「あれがモンテ・ローザ・・・」である。モンテ・ローザから右手のマッターホルンにつながる稜線の向こう側がイタリアなのである。実際にゴンドラを乗り継いで、イタリア入りすることも出来る。ホテルのレストランで一服。ビールは寒くなりそうなので温かいココアで。

 ホテルにチェックインする。岩壁にある鉄の扉を開けると、ちょっとしたトンネルになっている。50mほど歩くとエレベーター。どこかにシェルターの入口がありそうだ。4階がホテルのフロントにレストラン。なんとここからマッターホルンは正面。ツェルマットの街を見下ろす小高い所だった。

 マッターホルンに掛かる雲がほとんど無くなり、夕日に赤く染まるその姿も感動である。夕食はホテルのレストランでその姿を見ながらと思ったが、予約で一杯だった。外なら空いているというので、マッターホルンを肴にスイスワインを飲む。だれも外に出てこない訳がわかった。日が暮れると冷え込む。ウエイトレスのお姉さんが気を効かして温かいスープのメニューを持ってきてくれる。笑顔の素敵な美人だった。その「素敵な笑顔」で明日もこのレストランにすることにし、レストランの窓際の席を予約した。

●ロートホルンからのトレッキング
 翌朝は雲ひとつ無い快晴で、マッターホルンがまぶしかった。ツアーの皆は、クライン・マッターホルンに出掛けた。ヨーロッパ最高地点(3820m)の展望台で、多くの観光客はそちらに行くようだ。自分たちは、観光客は少ないがマッターホルンが遠くから良く見えるロートホルンへ行くことにした。

 まず、地下ケーブルカー乗場はホテルの前だった。片道二枚を頼むと「・・・セブン・・・とか言ったよな?。17か?」てな訳で、20SFを用意したらガラスの向こうのおばさんの様子がおかしい。金額の表示を指差している。「なんだ72SFか・・・」。そんなに安くは無かった。

 改札を入るとトンネルのような通路。その先が乗場だった。最初の展望台のスネガ(2288m)までは約3分と、あっという間で怖いぐらいだった。ここでも、マッターホルンの姿に感動する。すぐに6人乗りのゴンドラでブラウヘルトに、さらに大型のロープウエーでウンターロートホルン(3102m)に到着。さすがにここまで来ると肌寒い。ここからのマッターホルンの姿にも感動する。山頂の展望台にいたのは、10人ぐらいで、日本人はおじさん達の二人組みと女子大生二人組み。無風で静かだった。

 おじさん達二人組のひとりに、「どこから来たの?」と英語で話しかけられた。確かに日焼けしした無精ヒゲ面では無理も無いのか。「えっ・・・!」と一瞬どう答えようか考えてしまったが、「茨城です、関東の」と答えた。おじさん達は関西からのようだったのだ。今度は向こうが「えっ・・・!」てな顔して、「こいつ日本人か!」と思ったのに違いない。おじさん曰く「私ら京都からなんですけど「いばらき」というと大阪の茨木市の方を指すんですよね・・・」。「そんな事、知っとるわい!」と思ったが「そうらしいですよね〜」と音便に済ませた。

 おじさん達は、我々が前日に行ったゴルナーグラート展望台のホテルを指さし、そこに泊まったらしく、朝は雪が降ったらしい。しかも、スイスには毎年のように(7年連続?)この時期に来ていると言っていた。天候が安定してホテルも予約しやすいらしい。

 ここからトレッキングコースを歩いて下るだけである。おじさん達は隣のオーバーロートホルン山頂(3415m)を目指して歩き出した。しかも、そこへのトレッキングコースは回りこむように別にあるのに、真っ直ぐと・・・。すぐそこに山頂は見えはするが、それはちょっと・・・と思う。その後どうしたのかは知らない。

 シュテリゼー湖畔の逆さマッターホルンは絶景だった。絵葉書を見ているように・・・。お昼は山小屋(と言うよりホテル)のレストランでまたもレシュティとビール。ワインも飲んだ。酔い覚ましにコーヒーも。ここで食べたレシュティのジャガイモの付き合わせは目玉焼き。マッターホルンを眺めながらの食事は何でも美味く感じる。一人で旅行をしている日本人は女の人が多い。この山のレストランにも大きなザックを背負って来ていた。

 咲き残っている高山植物を見たり、マーモットの糞を踏みつけそうになったり、鳥の鳴き声を聞いたり、日向ぼっこをしている老夫婦を目撃したりして、地下ケーブルカーで登ってきたスネガまで下りて来た。午後2時過ぎ。まだ時間がありフィンデルンの集落を通ってツェルマットに戻ることにした。

 羊が日影を奪い合うようにジッとして涼んでいるのは何故か可笑しかった。たしかに、あれだけ分厚い純毛を着ていたら、日向は暑いに違いない。集落にあった倉庫で変わったもの?に目が留まった。倉庫は高床式になっていて、四隅の柱と倉庫の床の間に石の板が挟んであった。ネズミ返しらしい。

 林の中を歩くようになると、ツェルマットはすぐそこ。街中は多くの観光客で賑やかである。時計屋やチョコレート屋、酒屋をのぞいて、結局、土産を買い込んだのはCOOPだった。夕食は予約したマッターホルンが見える窓際の席。日がいつの間にか暮れて、マッターホルンは見えなくなったが、笑顔の素敵な美人ウエイトレスにはドキドキした。飲んだワインのラベルが欲しいとお願いしたら、快く引き受けてくれた。帰りがけに糊がきつくて上手くはがせなかったと恐縮され(おそらく)、ホテルのメモ用紙だったが、それを台紙にラベルを渡してくれた。ここでも「また、来てみよう」と思ってしまった。
 (お終い)

カートレイン
シュテリゼー湖畔の
逆さマッターホルン
ネズミ返し付きの倉庫



 天候に恵まれたこともあり、何処も絵葉書のような景色ばかりでした。山の上のトイレも水洗で、し尿を垂れ流しにしているどこかの国の山が世界遺産に登録できないのとは雲泥の差があるように思いました。
 聞くところによると、スイスの山のトイレはお金をかけて水洗にしているそうです。余計な看板や自販機、それにゴミも無くて自然を大事にしている様子です。それぐらいしないと、世界中から観光客は来ないだろうと思います。

 肝心のマラソンが思ったように走れなかったこともあるのですが、あの自然を眺めに、またそのうちに行きたいと思っています。
 「あのウエイトレスに会いに!?」と「かみさん」の突っ込みがありそうですけど(苦笑)。