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☆2003/11/16 大和田稔さん、第25回東京国際女子マラソン記念市民マラソン参加報告 2111人がスタートし877人が完走(完走率:41.5%)した東京国際女子マラソン記念市民マラソンは、タイムも順位も満足できるものではありませんでしたが、楽しんできました。(大和田稔) ★国立競技場にゴール!? 2時間30分を切らないと都内は走れないと思っていましたし、ギリギリ30分を切ったとしても、国立競技場にゴールするのは至難の技だろうと思っていました。40分もいまだに切れないのですから・・・。 今年の東京国際女子マラソンは第25回の記念大会となり、一般市民ランナーも参加できるらしいと知った春先は半信半疑。フルで男子は3時間15分、女子は3時間30分を過去2年以内に切っていれば出場可能と要項が発表になった7月は思わず右手を握り締めガッツポーズしてしまったほどです。 東京オリンピックが開催されたのは昭和39年、小学一年生でした。その記録映画(監督:市川崑)を当時、授業で見せられたのです。映画館でです。バレーボールより、マラソンの方が印象的でした。シューズを履いたアベベが何事も無かったようにゴールし、円谷が国立競技場内で抜かれ、君原が苦しそうに首を振りながらゴールするシーンは覚えています。 その後、国立競技場は何度も改修されているのでしょうが、その国立競技場にコースは違ってもフルマラソンのゴールが出来るのです。この歳(46歳になりました)まで走っていて良かったと本当に思いました(笑)。 ★スタートは12:25 暑さが辛そうだと誰もが思って走り出したろうと思います。市民マラソンの方は、国立競技場となりの神宮外苑周回路がスタートで女子は国際女子マラソンと同時の12:10に、男子は15分遅れでした。高橋尚子のスタートする時刻には選手集合所にいました。ヘリコプターが急にやかましくなります。見てみたかった・・・。 神宮外苑周回路はその距離が1300mほどの陸上競技場のトラックのような形をしています。スタートラインに整列が終了したのはスタート時刻寸前でした。そのスタートラインは、明治記念館側の所です。転倒することもなく無事に走り出し、神宮外苑周回路を左回りに一周してから高橋尚子の走って行ったコースには約1.5km地点の外苑東通りから合流します。1km地点の通過タイムが3分45秒とまずまず。 新宿通りに出て、四谷見附の交差点を左折すると外堀通りの下りが始まります。距離にすると3km過ぎから7km手前までです。思ったほどの勾配ではありません。「これぐらいなら帰りは何とかなりそう・・・」と思ったぐらいです。 走り出して感じたのは暑さでも風でもありませんでした。路面が硬いことでした。札幌で走った北海道マラソンでも感じたことです。都市部の道路は交通量の関係でかなり丈夫に造られているのでしょうか。単なる筋力不足だったのかもしれませんが・・・。ちなみに履いていたシューズはソーティー・JAPAN。5km通過が19分19秒。もう少し速いかなと思っていたのに、やっぱり調子は良くない・・・。体感ではあと30秒は速いと感じてました。 最初の給水所では、先行している選手が散らかしたプラスチックのコップで走るコースを探しているうちに水を取り損ねてしまい焦りました。サングラスの効果で暑さはあまり感じていないものの、給水は必ず取るつもりだったのです。しかし、すぐ後ろにいたHくんがそれを見ていたようで、水を残したコップを渡してくれたのには助かれました。 白山通りから日比谷通りに出る間で、Dさん夫妻に激励されました。思ってもみなかったので驚きましたが、名前で応援されるのは元気がでます。 日比谷通りに出ると、ビルの谷間であまり感じなかった日差しを浴びることになったのですが、向かい風のためか、暑さはそれほどでもありません。すぐに右手に皇居が見えてきます。そして左手には赤レンガの東京駅です。しばらくながめてしまいました。Iくんに声援されたのはこの辺でした。東京駅の先が10km地点。39分10秒。この間の5kmが19分50秒もかかっていました。距離表示は1km毎にボードを役員の方が掲げていました。銅像のように・・・。ご苦労様ですよね。そのたびごとにタイムはチェックしましたが、ペースは4分前後で、思ったほどあがりません。後半のことを考えると、前半で少し貯金がしたかったのです。「今日はこのペース」と、気持ちを切り替えました。 右手に富国生命ビルが見えてきます。そして新橋の交差点。この辺から右手に東京タワーが見えていたはずなのにわかりませんでした。目の前の集団にKくんの姿が見えていたのです。良い走りです。並んで「どう、調子は?」と声をかけると「まあまあです」と応えてくれました。そして「2時間50分ぐらいですね・・・」とも。たしかにそのペースでしたし、自分もそれぐらいでゴールしたいと思っていました。 増上寺前を過ぎると芝公園。スタートを見送ってから「かみさん」はこの辺にいると言っていたのに見つかりません。地下鉄に乗り遅れたか・・・。 泉岳寺の辺りが15km。59分12秒とこの間の5kmが20分をちょっと越えてました。品川駅の辺りで、気安く呼び捨てにする声が沿道から聞こえました。そう、「かみさん」です。うちの「かみさん」は私の存在を「気配」とか「臭い」(決して「匂い」ではない)でわかるようです。うちのニャントラーズみたい・・・(笑)。信濃町駅からJRで異動していたのでした。山手線を越える新八ツ山橋の勾配は結構きつかったです。KくんにもHくんにも付いて行けなくなったのはこの辺りです。しかし、先行していた女子選手に追いつくようになり、ペースは決して速くないのに追い抜くことができるので、そんなに遅くないと錯覚しだすところでもありました。 「そろそろだな・・・」と対向車線が気になりだしました。先頭がそろそろ見える頃だと思っていたのです。すれ違ったのは向こうの25km地点でした。やっぱり高橋尚子。2位との差は50mぐらいとあまり無かったものの、あのままブッチぎりでゴールしたものと思っていたのに・・・。それにしても細いし速かった。 20km通過が1時間20分18秒とさらにペースは落ちてましたが、追い抜くことは出来るし気持ちはまだ元気。中間点は1時間25分ちょうどで、サブスリーはなんとかなるだろうと楽観してました。 折り返しは中間点のちょっと先です。平和島の案内標識が見えてすぐの大森海岸交番前。沿道の観衆がすごいのかと思っていましたが、そうでもありません。ビデオでみると先頭集団の通過するところは何処も沿道は大変な人だかりです。高橋尚子が来る頃を見計らって沿道に出で来るようで、通過してしまうと応援が異動してしまうようです。 折り返すと追い風。暑さを感じるかと思いましたが、それは無かったところを見ると結構、風は強かったのかもしれません。25km通過が1時間42分01秒とこの間の5kmのタイムは21分代の後半でした。それでも頭の中ではサブスリーのペースを計算しており、「このままペースを維持すれば・・・」との答えでした。この辺であのダグラス・ワキウリに追いつきました。女子選手の伴走をしているようです。「肌の色だけなら遜色はないかも・・・」と思ったりもしました。 品川駅を越えたあたりで、気配をかぎつけた「かみさん」がカメラを向けていました。両手を挙げてポーズ。まだまだ気持ちは元気です。 増上寺のあたりが30km。2時間03分47秒でペースはそのままでした。さすがにこの辺から沿道の人は多かったです。Hくんが前方に見え出したのはここを過ぎた辺り。前半から彼の走りは重そうでした。 日比谷公園を過ぎたあたりにオーロラビジョンに2位でゴールする選手が映し出されていました。まさか、高橋尚子だったとは・・・。 白山通りに出る交差点がちょうど35km。2時間26分33秒とちょっとペースは落ちましたが、まだサブスリー圏内。水道橋の交差点を左折するとこのコース最大の楽しみである上り坂が始まります。36kmです。交差点を曲がった途端、両足の太ももの後ろ側とふくらはぎに違和感が発生です。痙攣の兆候が出てきたのにはびっくり。ここからの上りを楽しみしていたのに・・・。勾配は昨年のボストンのハートブレイクヒルの方がキツイのですが、30kmあたりですし距離もさほどでもないので頑張れます。しかし、東京は長かったです。歩いている人もいましたが、今まで抜いてきた女性ランナーにも抜かれました。「這ってでもゴールする」と思っていたし、止まると完全に痙攣しそうなのでだましだましです。そんな時沿道から声援してくれたのはTさんでした。最近音沙汰が無いので気にしていたのですが、元気が出ました。 四谷見附の交差点を右折して40km。2時間54分00秒。頭の中は「ゴール、ゴール、ゴール・・・」と念仏です。国立競技場が見えてきたときは嬉しかった。マラソンゲートのところには「かみさん」が・・・。声はしっかり聞こえます。スタンド下をくぐると、いよいよ場内です。スタンドが迫っているので、400mトラックが200mトラックのように小さく感じます。42km地点は第3コーナー。残り195mは感動でした。 ★石原都知事に期待? 電光掲示板で高橋尚子が信じられないタイムで2位だったと知ったのはゴール直後でした。自分の成績より残念でしたよね。ボランティアのマッサージルームに直行すると、順番待ちをするほどした。本当に脚が攣ったのはここででした。筋肉痛が出ていないところを見ると暑さでNa不足になったのかもしれません。 来年はどのようになるのかわかりませんが、再来年には都内でボストンやニューヨークのように誰でも走れる大会を開催すると石原都知事は言ったようです。期待してます。 ★添付画像 沿道で振られていたグリーンのバンダナです。新聞社の小旗の代わりに歴代優勝者のサイン入りのバンダナを無料配布していたのです。懐かしい?名前も見えます。ナンバーカードでその大きさは想像してください。 |
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