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☆2002/04/15 大和田稔さん、ボストンマラソン参加報告(その8) ●4月17日(水) ニューヨーク2日目 ニューヨークに来れば、まずは自由の女神(とりあえずか?)。ガイドブックによると混み合うので、「朝のうちに行こう」とあり、地下鉄で出かけた。ホテルの隣が、グランド・セントラル駅。乗車の仕方はボストンと同じだか、トークンは1.5ドル。列車も駅も、都会?的。ボストンは列車もレトロでギシギシ音を立てながら走っていたが、ここは、東京の地下鉄とさほど変わらない。でも、車内は狭い。 バッテリーパークjまで、約15分。乗船券(往復8ドル)を買い、リバティ島への乗船待ちの列に並ぶと、同じツアーの仲間がならんでいた。オプショナルツアーで来ていた。添乗員の話を、一緒に聞いてしまう。下船するときは、着岸近くなったら、出口にいち早く並ぶと、観光時間が長く取れるとのこと。なるほどね。 それにしても、今日も天気が良い。Tシャツでも動き回ると暑いくらいだ。 あまり、待たずに船内へ。船内にホットドックが売っていた(1ドルぐらいだったか?)。ニューヨークでは7月4日の独立記念日にホットドックの大食い大会(12分間て゛)があり、昨年は50個を食べ優勝したのは日本人。大きさは、15cmたらずで、コッペパンにしょっぱいソーセージが挟んであり実にシンプル。 10個ぐらいまでなら何とか・・・。 リバティ島まで約25分。遠くで見るとあまり大きくは見えなかったが、近くで見ると確かにでかい。残念な事に、内部は展望台になっていて入れるはずが、テロ以後入れない。自由の女神が、左に首を振るとツインタワーが見えたはずが、今は無い。リバティ島から見るマンハッタンは高層ビル群が海に浮かんでいるようだった。自由の女神の展望台に上がれないので、リバティ島を一周しても15分ぐらい。 帰りには、エリス島に寄った。ここには移民博物館がある。ここは旧移民局を改装したもので1892年から1954年までの間に、1700万人もの移民がここからアメリカに上陸して、現在のアメリカを築いてきた。日本からの移民もあったようで、熊本県本籍のパスポートが、パスポートの展示品の中にあった。大きな希望と決意を持って移民してきた人達の様子が感じられ、アメリカの逞しさの一因を見た気がする。 バッテリーパークに戻ると、お昼。バッテリーパークの広さは野球場が2面ぐらい。 桜が満開。暑くてビールが飲みたくなるが、屋台には無く、水のペットボトルを買う。パーク内に昨日は見かけなかった銅像が立っていていた。白く塗った戦闘服を着ていたので、近づいてみると、突然動き出したのにはビックリ。おもわず慌てて後ずさりしてしまった。この暑いのに、大道芸人だった。写真を撮らせてもらったのに、お金を投げ込んでこなくて申し訳なかった。 腹も減り、ちょっと歩き出したら、ウインドー越しに、小僧寿司のような寿司のパックを発見。テンプラそばもあり、どんな味がするのか試してみた。やはり日本での方が口にあう。 レースの疲れもあり、とりあえずホテルに戻ることにして、何気なく地下鉄の改札を抜けてホームに立ってから、こっちで良かったのか不安になった。反対ホームには行けないことに気づいたのだ。確信をもてないまま列車に乗り込んだが、間違ってないことを次の駅でわかりホットする。 ホテルのベッドで横になると眠くなった。午後7時からのミュージカルのチケットを取っていたので、少し休むことに。2時間も横になった午後3時頃、セントラルパークに行っていないこともあり、市内を歩いてみた。「かみさん」が「コーチ」を覗いてみたいと言うし。実際には覗くだけでは済まなかったけど・・・。 市内のビルはどれも高い。上を見ると首が痛くなるほど。セントラルパークは、南側から入って、ちょっと覗いただけ。その広さを体験出来なかった。 夕方になると、街角にはホットドックなどの軽食を売る屋台が目立つようになる。売っている人はアラブ系(正確ではない)の人が多いように見えた。ニューヨークって、何をしても暮らせるような気がする。 ミュージカルなんて、日本にいては見たいとは思わなかったが、ニューヨークに行くのなら見たいという「かみさん」の希望により、「BEAUTY AND THE BEAST」(美女と野獣)を見ることにした。劇場はルント・フォンタナ・シアター。場所は46丁目のブロードウェーイと8番街の間。内容は子供向け?と言うこともあり、やはり子供が多い。日本語の解説が聞けるレシーバーを10ドルで借りる。ストーリーが単純で楽しめたが、レシーバーは正直助かった。席は前から2列目で俳優の表情もよく見えた。休息時間を入れで約3時間。子供達が一番楽しんでいた。 ●4月18日(木) 帰国 今日の観光は、バスの車窓から約1時間半のジョン・F・ケネディ国際空港までで、いよいよ旅も終わり。ニューヨークでは、結局走る時間が無かったのは残念だった。 クインズボロー・ブリッジを渡り、マンハッタンを離れると、ニューヨークと言えども、田舎町である。ジョン・F・ケネディ国際空港は、大きいのかと思っていが、そうでもなかった。日本では見ることが出来ない(たぶん)、コンコルドを、ちらっと見ることができた。色を塗り替えれば、そまま戦闘機になりそうなほど、スマートで小さい。 空港では、最後のお土産の買い込み。あまり時間が無く、気持ちもあせり気味。「かみさん」に搭乗券を渡したはずが、もらってないと言ので、さらにあせる。「渡した」、「もらってない」の押し問答をしてもしかたないので、再度、搭乗券を発行してもらい一安心。ところが、搭乗ゲートを通る直前に「もらってない」ハズの搭乗券、「かみさん」が「あった!」と言うではないか。おいおい。 12:15発の全日空機で一路成田に。19日の午後3時過ぎには成田に到着。自宅にも夕方に無事到着。友人に世話を頼んでいた2匹の猫も、無事だった。それと、「まわすのを忘れた食洗機」の中は、やはり、食器を入れただけだった。 お終い。 |