☆2002/04/15 大和田稔さん、ボストンマラソン参加報告(その6)

 ●4月15日(月) 大会と完走パーティー(後編)

 スタートして2マイル過ぎにはアッシュランドに入る。コースは下りと上りの割合が3:1ぐらいで心臓破りの丘が始まる28kmあたりまで下りが多い。
 5kmを18分20秒で通過する。無理をしたつもりは無いし、楽に入れたと思った。2時間40分前後ではゴールできるタイムであった。しかし、調子のいいときには「ヨッシ、残り37km」と短く感じるのに、それはなかった。
 まだ、この辺は田舎町で沿道は、雑木林が多い。それでも沿道の応援は多い。
 日本の大会でも有るような、応援する選手の名前を書いたボードがあった。
 生バンドの演奏やスピーカーからボリュウム一杯のアップテンポの曲など、賑やかであった。8kmあたりの上りで、早くも脚に違和感が発生する。大腿四頭筋が重くなりケイレンしそうな兆候が現れたのにはガックリ。やはり、運だけでは走れない。無理をしないで、ケイレンさせないように、早くもレースを楽しむことに切り替えた。この辺から、後続のランナーにゴールまで抜かれ放しになる。

 10km通過が37分29秒。この辺はフラミンガムの街である。この辺からアップダウンは小さくなり、うねるようなコースになる。15km地点はネイティックに入り、両側は湖。57分13秒とペースダウンは止まらない。この辺からコンビニやガソリンスタンド、中古自動車の販売店などが道路の両側に現れる。
 沿道の応援もさらに多くなり凄い。小学生ぐらいの男の子にハイタッチをしてあげたら、ものすごく喜んでくれた。沿道から手を出してタッチを求める応援が多い。
 この先のウェルズリー・カレッジ前が楽しみになった。

 今日はデー・ゲームでボストン・レッドソックスとニューヨーク・ヤンキースの対戦が行われていて、その途中経過を示す手作りの段ボール製のボードがあった。
 レッドソックスが先制しリード。走りながら野球の応援もできる心憎い配慮であった。

 ウェルズリー・カレッジは20km地点直前。クリントン前大統領のヒラリー夫人が卒業した女子大で、今は共学らしい。沿道両側にひしめき合い、絶叫での熱烈な応援。「もう少し、静かにして!」と、こっちが絶叫したくなるほど。日本では絶対に体験できない。タイムは関係ないので、100mぐらいにわたりハイタッチをしてしまう。もどって、左側の沿道にもしようかと思ったくらい楽しんでしまった。

 20km通過が1時間18分05秒とますますペースは落ちる。頑張ると脚がケイレンしそうだ。それでも、ハーフを1時間22分34秒で通過したときは、サブスリーをあきらめてはいなかった。しかし、桜井さんにあっさりと抜かれたときはちょっとショック。足取りが全然違う。沿道の応援は更に人数が増し、うるさいほど凄い。
 ゴールまでは沿道の声援が切れることは無かった。

 25kmを1時間39分20秒で通過し、ウェルズリーからニュートンに入り、右折して消防署前をすぎると、心臓破りの丘が始まる。ここからならたいしたことがない坂なのだが、ここに来るまでに、脚を使ってしまうと確かにつらい。
 試走ではわからなかった。この辺は一戸建ての大きい住宅街であり裕福な人たちが多いようだ。テーブルを出して食事をしながらの応援もあった。
 ペースは落ちても歩かない気持ちは持続できたので、かろうじて走っていたものの、相変わらず抜かれっぱなし。

 30kmを2時間2分33秒もかかり、サブスリーは難しくなった。この先、ボストン・カレッジ手前が心臓破りの丘の最高地点。辛かったが、楽しみにしていた所だったので感激した。あとは、ゴールまで下りのハズだったが、少しの上りでもきつく感じた。この辺から一戸建ては無くなり、アパートや大きな建物ばかりとなる。

 35kmを2時間28分13秒で過ぎ、ブルックリンに入るとゴールがあるボストン市内のビル群が見えてくる。沿道の人だかりは、コースにもあふれ出し、走路が狭くなる。とにかく凄い。曇り空から晴れ間が見えてくる。
 40km手前の右手にフェンウェイ・パーク、ボストンレッドソックスのホーム球場が直ぐそこ見える。レフトスタンドに大きな壁、グリーンモンスターがあるところだ。ゲームは終わったのか球場は静かだ。
 マラソンの沿道からの応援で聞こえなかったのかもしれないが・・・。

 40kmが2時間54分54秒で、サブスリーは完全に無理。脚がケイレンしないのが不思議なくらい。最後のコーナーを曲がると、ゴールゲートが500mぐらい先に見える。ここまできて、このままゴールするのがもったいないと思ったが、そのままゴールしてしまう。3時間7分20秒もかかり、1748位だった。
 ゴールゲートの上にいる小寺さんに手を振り写真を撮ってもらう。

 ボランティアの人に、アルミホイルのようなシートをマントのようにかけてもらう。
 結構暖かい。脚を引きずるようにして、コンピューターチップを外してもらい、完走メダルをかけてもらう。ようやく、ホットする。

 脚を引きずるように、ホテルのツアーデスクに完走の報告に行く。ツアーの男子は全員ゴールしていたし、女子には入賞者もいた。「やっぱり、みんな凄い人達なんだ」と感心させられた。「かみさん」のゴールを目撃するため、カメラを持ってゴール付近に行くが、凄い人だかり。割り込むほどの元気が無く、ツアーデスクの部屋の床に寝ていた。ほどなくして「かみさん」が戻ってきた。大変だったようだが完走できた満足感はあったようだ。

 完走パーティーは、アンソニー・ピア4というシーフードレストラン。運河(たぶん)沿いにあり、ボストン市街のビル街に丁度、日が沈むころにパテイーは始まった。このレストラン、ケネディ、ブッシュ、エリザペステーラーなどの著名人が訪れたようで壁には写真がずらり。落ち着いた雰囲気ではあるが、広い店内もツアーで貸し切りとはいえ、他に客がいないのは、ちょっとさびしい。

 女子8位(日本人女子1位)、女子15位(日本人女子3位)に入賞した、田上さんと桜井さんは、ちょうど表彰式のため遅れて到着することに。走り終わったみんなの顔は、無事完走し肩の荷が下りたのか、心なしか晴れやかだ。「派遣」というのは、それなりに、プレッシャーを感じていた。

 レストランというのは、料理が順番に出てくるため、ビールで腹が膨れた頃、メイン料理が来るので苦手だ。やはり、打ち上げは居酒屋がいい。ボストンにくれば、クラムチャウダーとロブスターらしいが、後を考えずにパンとビールを入れすぎた。
 もちろん、出たものは食べたけど。クラムチャウダーは美味。

 適当に酔いが回り、うち解けた話しになり、勝田マラソン前後の話しや家族のこと、ボストンに来てからの観光の感想など、話題はいろいろ。チャイナタウンは面白かったらしい。隣に座った二瓶さん、私より二つほど年上の強面のおじさん。この人、山形県から参加の野下さんの所属するスポーツ山形21女子駅伝部の監督である。風貌からは想像できない、おやじギャグを連発、とても足下にも及ばない。しかし、走ることになるとそこはプロである。
 スポーツ山形21というのは、山形県が運営している倶楽部らしく、今後は企業の陸上部でなく、このような倶楽部形態が多くなる思われる。
 野下さんは、前はダイハツ陸上部であの浅利純子の練習パートナーをしていた事があり、練習では浅利より強かったとか。この人も凄い人だった。
 フルマラソンに向けての走り込みについては、ひたすら走り込みで、スピード練習はいっさいしないとのこと。自分には難しいと思われたが、今後の参考になった。
 二瓶さんが、ホテルの部屋のカードキーでビールを注文するボケ(もちろん悪ふざけ)をかまし出したころ、お開きに。もう少し、二瓶さんには、飲んでもらいたかった。なお、入賞した二人の賞金は、税抜きで50万円と15万円だとか。
 私には縁の無い話しだが、一緒に走った仲間の活躍は、自分のことのように嬉しい。

 ボストンも今晩でお終い。明日はニューヨークへ移動である。

 つづく・・・